☆ スペイン語の文法:これを掴め

 

英語との共通点と相違点を見極めながら学ぶ


 スペイン語を身につけるのに英語の知識を使わない手はない。英語が上手じゃない人も英語の基本的な知識だけは学校で身につけてきているものだ。英語と同じインド・ヨーロッパ語族に属するスペイン語には、英語との共通点が多い。主語と動詞の概念、人称の概念、冠詞の概念、時制(過去や現在)や相(完了形や進行形)の概念、などなど。

 一方で英語はドイツ語などと同じゲルマン語系の言語であり、スペイン語はラテン語を元にするイタリア語、ポルトガル語、フランス語などと同じロマンス語系の言語だ。いくつかの点でスペイン語は英語と異なる。

 スペイン語と英語とで共通しているところは既に身につけている英語の知識を最大限に活用し、両者で異なるところには相応の注意を払って学んでいけば、英語を学ぶのに要した時間に比べてももっと短期間(3分の1とか4分の1以下の時間!)のうちにスペイン語は身につけることができる。

 スペイン語の音声は日本語母語話者にとって身につけやすいから、英語の勉強に要した時間の数分の一で英語よりもスペイン語を話す方が上手になったりもする。だからと言ってスペイン語学習を甘く見てはいけないが、下に書いたような勘所を押さえていけばスペイン語運用能力の獲得は十分、射程範囲の中にある。


スペイン語と英語の共通点


  スペイン語と英語の共通点を挙げてみよう。

  • 文は動詞を核とする
  • 名詞や形容詞を補語とする動詞(英語では be動詞)がある 
  • 文法上の時制の概念がある
  • 完了相がある
  • 進行相がある
  • 主語の設定が必須
  • 主語について(第1人称・第2人称・第3人称の3つ)×(単数・複数の2つ)=6つのカテゴリーに分ける
  • 名詞を単数と複数で区別する
  • 冠詞がある
  • 代名詞がある
  • 前置詞がある
  • 関係詞(関係代名詞・関係副詞)がある

  驚くなかれ、これらの多くは日本語にはないことなのだ。日本語について振り返ってみよう。

  • 英語の be動詞にあたる動詞がない(「〜だ」は動詞ではない)
  • なので動詞がない文があり、名詞や形容詞がそのまま述語になる(「おもしろい。」という文に動詞はない)
  • 文法上の時制の概念や完了・進行などの相の概念がはっきりしない(「今度行った時に聞いてみるよ。」「あっ、雪が降ってる。」)
  • 英語やスペイン語のような主語は設定されない
  • 英語やスペイン語のように6つのカテゴリーの主語を想定しない
  • 名詞を単数と複数で区別しない(「三本の鉛筆たち」?)
  • 冠詞はない
  • 英語やスペイン語のような代名詞はない(「私は」「俺が」「お母さんはね」...)
  • 前置詞はない(助詞が似た機能をもつ)
  • 関係詞(関係代名詞・関係副詞)はない

  自分の母語にない概念は外国語を学ぶ上で身につけにくい。以上のような特徴は英語を学ぶ上でも障害になっている可能性が大きいし、スペイン語でも同様だ。一方で、英語を学ぶ中で努力して身につけてきたことでもあるから、その努力の成果をスペイン語を学ぶ上で活用しない手はない。


スペイン語と英語の相違点


  次にスペイン語が英語と異なる点を挙げてみよう。


  • 主語は必ず想定するが、言わなくても分かるなら言わなくてよい
  • 主語を6つのカテゴリーに分ける点では共通するが、話の相手(英語では第2人称)を親しくあるいは目下として扱う「親称」のカテゴリーと、丁寧に扱う「敬称」のカテゴリーに分ける(「君は」「君たちは」と「あなた」「あなたがた」*注
  •  「親称」は文法上第2人称、「敬称」は文法上第3人称として扱う
  • 名詞について単数・複数の違いだけでなく、男性・女性(名詞の性)の区別をする
  • 名詞を修飾する語彙(形容詞、冠詞、指示形容詞、所有形容詞、数詞特に序数)が名詞の性と数に合わせて形を変える
  • 一般に再帰代名詞と言われている特殊な人称代名詞(このサイトでは「"se" 形代名詞」と呼ぶ」)の使用が多い
  • 接続法(願望や命令・依頼などの内容を表すのに用いる動詞変化の体系)の使用が多い
  • 英語のように進行相(現在進行形など)を用いて近い未来を示すことはない("I'm coming." に対応するスペイン語は "Voy." (I go.))

*注:英語学習の中で "you" を「あなた」や「あなたがた」と訳すことに慣れてきていると思うが、実際には日本語で「あなた」や「あなたがた」という言葉を使う場面は限られている。例えば先生に対して「あなたは」という人はいないだろう。「先生はどうなさいますか。」というように一般名詞の「先生」が "you" に対応して使われる。日本語には「英語やスペイン語のような代名詞はない 」と上で述べたとおりだ。


スペイン語の学び方



まず脳の中のスペイン語の文章のストック作成を開始


 文法は脳内のスペイン語の文章のストックと照合して初めて意味をなす。文法を理解してそれを応用すれば文を生成することができ、文を理解できるというものではない。文法は実際の文章の中では、まず語彙の中に情報として含まれる性格のものであり、それが文や文の塊の中で条件を与えらえて初めて機能する性格のものだ。

 文章から独立した文法には実用上の意味はない。文法に関する知識を実際に役に立つようにするには常に実際の文章と照合させる作業が不可欠だ。

 しかし学び始めの頃には脳の中にある文章のストックは極く限られている。そこは我慢して、音声や文字の形でたくさん文章をインプットして脳の中の文章のストックを増やしながら、文法を学び、それを使いながらアウトプットして文章のストックを強化していくという活動の繰り返しを進めていくとよい。

 

音声インプットの重要性


 言語を処理するときの脳は画像情報である文字の処理をしている時も音声イメージを合わせて処理する。語彙レベル、文レベル、文章レベルの音声イメージのストックを脳の中に作っていくことが大事だ。そしてこれは脳が音声による刺激を受容することを通してはじめて実現する。いろいろな形での音声インプットが言語を学ぶ上では欠かせない。

 

文法の勉強は同じところに繰り返し戻ってくるのが当たり前


 その過程で脳の中に実際に使える形で文法の体系ができあがっていき、そのうちに文法知識は意識の下に潜り込んでいくようになる。

 文法獲得の過程はこのように少しずつ進む性格のものであり、文法知識のインプットは何度も同じところに立ち戻って行っていくような性格のものだ。「一度に文法が頭に入らない」「なかなか文法が頭に入らない」という声を時々耳にするが、それは当たり前のことだと受け止めて欲しい。文法というものは脳の中の文章のストックの中に潜むようにして身を沈めていく性格のものなのであって、「x+y=z」というような単純な記憶としてしまわれているようなものではないのだから。

 

文法の情報は語彙に含まれている


 一般に「文法」と言われていることは、文の中で単語がどのような規則で配列されているか(統語の決まり)と、形を変化させる語彙の場合はどのような規則で変化するか(形態変化の決まり)を指す。それぞれの単語が持っている統語上の基本的特性は「品詞」(part of sentence の訳)と呼ばれる。例えばその単語が「形容詞」ならば何らかの名詞を直接に修飾するか主語(名詞)を説明する述語(補語)となるかの何れかの役割を果たすことになっている。そうすると文の中でどのような位置に来るべきかということも自ずと決まってくる。だから、ある単語を覚えるときにそれが「形容詞」だということも一緒に覚えておく必要がある。

 下の例の場合 "alto" (tall, high) は形容詞であり、上の例では名詞 "árbol" (tree) を修飾している。スペイン語では形容詞は名詞に後置するのが一般的だ。下の例では主語 "árbol"の補語になっている。それぞれ文の中のこのような位置に置かれているのは "alto" という語彙が形容詞であることによる。また、"alto" は女性形は "alta"、複数形は "altos, altas" という形をとるという形態変化に関する情報も合わせて参照し、ここでは "árbol" という名詞が男性名詞で単数であることと整合させるという判断も行う。このようなことを瞬時に無意識に処理していく際に、脳の中に記憶した "alto" という語に関する統語情報や形態変化情報が使われることになる。

   Hay un árbol muy alto en el jardín.
   (There is a very tall tree in the garden.)

   El árbol en el jardín es muy alto.
   (The tree in the garden is very tall.)
 
 また、同じ綴りと発音の単語が「動詞」だったり「名詞」だったりすることがある。この場合などではその単語を覚える時に「動詞」の場合、「名詞」の場合があることも合わせて覚えておき、文の中で「動詞」としての条件を満たしているか、「名詞」としての条件を満たしているかを判断することが必要になったりする。

 下の例の最初の文では、"trabajo" 以外に動詞がないことから、"trabajo" が動詞である可能性が高いと判断できる。"trabajo" は "trabajar" という動詞の現在時制一人称単数の変化形でもあるという知識を使って最終的にこの文の構造と意味の解釈を確定させる。2番目の文では "tu" という所有形容詞が前置されていることから "trabajo" は名詞だということが分かる。このような処理を脳の中で瞬時に行えるようになるには "trabajo" という語についての統語情報や形態情報の知識(記憶)が参照されるのである。

   No trabajo mañana.
   (I will not work tomorrow.)

   ¿Cuál es tu trabajo?
   (What's your job?)
 
  「単語を覚える」という作業を「和訳を覚える」ということに単純化してはいけない。

 

スペイン語文法の勘所


 スペイン語に特有の文法体系を意識的に学んでいくことは重要だ。ただし、上に書いたように一回で飲み込めるような類のものではないので、たくさんの意味のあるインプットとアウトプットを行う中で自分のものにしていく覚悟が必要だし、その積りで取り組んで欲しい。。

 スペイン語文法の勘所をもう一度確認しておこう。

  1. 文の主語を常に意識できるようにする
  2. 主語が6つのカテゴリーの何れであるか意識できるようにする
  3. 主語に合わせた動詞変化形が瞬時に処理できるように訓練する
  4. 名詞と名詞修飾語(冠詞、所有形容詞、指示形容詞、形容詞など)については性と数についての4つのカテゴリーを常に意識できるようにする。
  5. 名詞修飾語(冠詞、所有形容詞、指示形容詞、形容詞など)について名詞の性と数に合わせた変化形が瞬時に処理できるように訓練する
  6. これらの文法の情報はそれぞれの語彙の中に含まれているので、語彙を覚える時には意味にばかり気を取られることなく、それが文の中でどのような働きをする語彙か(統語情報)も合わせて脳に記憶させる(簡単に言うならば「品詞 part of sencence」を合わせて覚える)


具体的には次のような訓練が欠かせない



  1. 主語の判断の俊速化
  2. 時制ごとの動詞変化形の体得(変化規則を上手に使う)
  3. 名詞の性と数ごとの名詞修飾語の変化形の体得
  4. 語彙が持つ文法情報も意味と共に記憶する

 これらの訓練にはテニスの素振りの練習のような反復練習と実際のコートでラリーの練習のような相手を置いた練習、練習試合のような実践的な練習を組み合わせて行う。

 

言語の獲得には時間がかかるが、やり方次第で必ず可能


 学習とは脳の変化である。言語の獲得という企ては高度の脳機能の使用と大規模な記憶の構築を伴う作業であり、それに伴う脳の変化にはたくさんの刺激が必要だ。また、その刺激を記憶として定着させるためには多くの時間を要する。学問に王道なし。言語の獲得もまた然り。しかし一定の時間をかければ必ず可能な企てだ。今までたくさんの時間をかけても英語が身につかなかったという人がいるとしたら、それは効率的かつ効果的な学びかたを教えてもらってこなかったことによる。

 言語の獲得に必要な作業をしっかり進めていけば、半年、1年でその成果が目に見えるようになる。地道にかつ楽しく学んでいこう。